風仙洞

日本語と中国語 未公認の関係

最終更新:2024/03/15
作成:2011/12/17

このページは、「風仙の中国語不定期日記」に書いたことのうち日本語・中国語間の先史時代の関係について書いた項目を再編集したもの(最初の5項目)+追加項目です。


目次
  1. 鳥が鳴く広東語
  2. 日本語古語の助詞「ゆ」の語源
  3. 日本語の「~そう(だ)」の語源
  4. 中国語の語順
  5. 「子」の不思議
  6. 「出来る」の語源

鳥が鳴く広東語

(2009/11/22)

今年の夏に春香(妻)が帰国したときに、お土産として映画「秘曲 笑傲江湖」のDVDを買ってきてもらいました。金庸きんよう(Jīn Yōng)の武侠小説の映画化です。

早速再生したら、横で聴いていた春香(中国人の家内)が台詞がわからないとぼやきました。そう言えば私も、いくら中国語初心者だからといっても聴いてわかる部分が少なすぎるし、字幕とも合っていないような気がしたので、台詞の言語設定を確認したら、なんとデフォルトが広東語だったのです。広東語の台詞と繁体字の字幕(と小説版の記憶)ではストーリーについていけないので、慌てて台詞を国語(台湾の標準語。文字以外はほとんど普通話と同じ)に変更しました(^^;;;

それにしても、広東語を聴いて理解できない状況を春香が「鳥が鳴いている」と表現したのにはびっくりしました。ご存知の通り「鳥が鳴く」は「東・吾妻」にかかる枕詞です。万葉の大宮人たちは、東国から来た防人たちが話す言葉(方言)を聞いて「鳥が鳴く」と表現したのでした。

広東語は、普通話よりも古い中国語の特徴を残していて、子音で終わる音節がたくさんあるようです。例えば、「麦」は普通話では「mai」ですが、広東語では「mak」と言います。どちらが音読みの「バク」と似ているかは明かです。そして驚いたことに、英語の「Yes」に当たる言葉や返事の言葉は普通話では「是(shi)」だけれども、広東語では日本語と同じ「hai」なのです。

日本語古語の助詞「ゆ」の語源

(2010/11/25)

田子の浦ゆ うち出てみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

これは万葉歌人山部赤人が詠んだ有名な句であり、小倉百人一首にも改作されて収録されています。文学的な解釈については私の出る幕ではありませんが、「田子の浦ゆ」の助詞「ゆ」の語源に関して思いついたことがあります。

それはこの助詞「ゆ」が中国語起源ではないかということです。

ここでの「ゆ」は、言うまでもなく現代語では「から(from)」の意味です。不思議なことに中国語には「于(yu)」「由(you)」という介詞があり、日本語と語順は違っていますが同じ意味なのです。思えば日本語になった熟語に「由来」「由縁」「経由」「理由」などがあるのでした。山部赤人は、現代日本人が英語などからの借用語を好んで使うのと同じように、中国語の単語を使ってみたかったのかも知れません。或いは遠く先史時代に弥生系渡来人が「ゆ」をもたらしたのかも知れません。

日本語の「~そう(だ)」の語源

(2010/11/27)

小学館「中日辞典 第3版」

上記2つの中国語文は電子辞書カシオ XD-LP7300 に搭載の中国語辞書「小学館中日辞典」に収録されているものです。「像(xiang)」が「~しそうだ」「~のようだ」の意味で使われています。

「像」は音読みで「ぞう」「しょう」ですが、中国語の発音と日本語の音読みの対応関係からすると、「そう」という読みであっても不思議はありません(中国語で「像」と同音(xiang)の「相」には「そう」という音読みがあります)。また、「だ」が中国語の文末に現れる断定の意味の助詞「的」と意味や発音が似ています。そう考えていくと、語順を別にすれば「~そうだ」が中国語で解釈できてしまうのです。

ついでに言うと、中国語の助動詞「要(yao)」には「~しそうだ」「~のようだ」という推量の意味があるので、「~のようだ」も中国語で解釈できてしまえます。

偶然の一致なのでしょうか? それとも必然? 借用語という説明もあるかも知れませんが、名詞や形容詞、動詞と違って助動詞が借用されるケースは少ないのではないかと思います。

中国語の語順

(2010/12/05)

中国語の語順は、英語や多くの印欧語族言語と同じように、S(主語)V(動詞)O(目的語)です。この点でSOVが基本の日本語と異なりますが、魏志倭人伝や後漢書などを読んでいると、数千年前もそうであったであろうかと疑問に思えてきます。

現代中国語でも、介詞「把」などを伴えば目的語を動詞の前に出すことができます。また、文語で「以和為貴」(和をもって貴きとなす)のように、SOVCの文型で「以」は補語を取る動詞の目的語を導くようです。

「所」という奇妙な言葉もあります。中国語の形容詞・句は前から後ろに掛かるはずなのに、「所」の場合は、

のように後ろの動詞が前の「所」を修飾する形になっています。

こういった語順を見る度に、中国語が現在のような語順を取るようになったのは、この二、三千年に過ぎず、時として化石的な用法が現れる、と想像の羽を伸ばしたくなります。

「子」の不思議

(2011/08/27)

とは不思議なものです......といっても私は万葉歌人の山上憶良ではないので、子供への愛情の話ではありません(^^;;; 「子」の読み方の話です。

しかし、現代中国語の標準語(普通話 putonghua)での読み方は「zi」(と軽声)だけです。一体いくつの地域・時代からこんなに多くの音読みがもたらされたのでしょうか?

「出来る」の語源

(2011/12/21)

金庸の武侠小説のひとつに「倚天屠龍記」というシリーズがあります。その登場人物のひとりは、主人公に名前を聞かれた時、「説不得(Shuo bu de)」と答えます。主人公はそれが名前だとは気がつかずに、なぜ「言えない」のかと聞き返します。

「得」(軽声)は可能を表す助詞なので、主人公は「説不得」という返事を「言えない」という意味に取ったのです。そんなところで金庸はことば遊びをして読者の笑いを誘っています。

小学館「中日辞典 第3版」

手元の電子辞書(カシオ XD-LP7300)搭載の中日辞典(小学館「中日辞典 第2版」)に次のような例文があります。

「得」を2声で発音すると、「できあがる」という意味の(口語)動詞になります。

ここまでは中国語の教科書にも載っているかも知れませんが、「得」の音読みが「徳」と同じように「トク」であることを考え合わ せると、ひとつの妄想が浮かんできます。

唐王朝以前、中国語(の標準語)には子音で終わる単語が数多く存在したことが知られています。恐らく「得」は「dek」と読まれたのでしょう(中国語の「e」は、日本語の「エ」と違って曖昧母音であり、清音化のことを考えれば、日本人が「トク」と表記しても不思議ありません)。そして日本語の動詞語尾「る」と結合すれば「デクル」になり、日本語として「出来る」の古形になるのです。