韓国語の漢字音
更新:2024/02/26|作成:2021/08/18
はじめに
私は韓国語を学習したことがなく、ハングル文字も読めない。そんな私だが、日本語の起原を研究する一環として、無謀にも韓国語での漢字発音の特徴を列挙していこうと思う。
実はこの方面の研究には故河野六郎教授という大先達がいらっしゃって、研究成果が平凡社から発行された「河野六郎著作集」(1993/06刊、全3巻)に収録されているらしいという情報があるものの、入手しにくいのが残念(しかも、古書店に在庫があったとしても、高価な上に私に理解できるかどうかが問題)。
さて韓国語読み漢字発音の資料としては、私は韓国語の辞書も教材も持っていないので、
- 帝国書院「新詳高等地図」に載っている地名
- ニュース、インターネット上の情報等で知った人名(政治家、ジャーナリスト、文化人等の有名人)、地名
だけである。従って、片仮名書きの不正確な発音となることを予めお断りしておく。
対比するべき中国語、日本語の資料は、
- 学習研究社の「新漢和大字典 普及版」(藤堂明保・加納喜光編)
- 電子辞書カシオ「EX-word XD-K7300」(2016年春購入)に収録された小学館「中日辞典 第2版」(第3版が 2016/11 発行)
- 大修館「新漢語林 第2版」
である。
古代までの朝鮮半島
- 最終氷期(ヴュルム氷期)には、黄海全域、東シナ海の3分の2を占める大陸棚は海水面が約 120~130 m 低下していた影響で陸化していた。朝鮮半島南岸を除いて非常に寒かったので、人口は僅かだったと思われる。
- 約 12,000 年前にヴュルム氷期が終わると、まず気温が上昇した。約2000~3000年のタイムラグで海水面が上昇して来ると、黄海や東シナ海の大陸棚が数千年かけて水没していた。生活のための土地を失った人々が、新天地を求めて朝鮮半島にも到来したに違いない。
- 檀君王倹が紀元前2333年に国を開いたという檀君朝鮮神話があるが、信頼性はない。中国・殷王朝末に紂王の叔父箕子が開いたという箕子朝鮮(紀元前 1100 年頃~前 194?)の伝説もあるが、どこまで史実であるかは不明である。
- 中国から亡命した衛満が箕子朝鮮から王位を簒奪、平壌付近の王倹城を都として衛氏朝鮮を開いたが、衛氏朝鮮は前 108 年前漢の武帝に滅ぼされた。前漢は朝鮮半島に楽浪郡・真番郡・臨屯郡・玄菟郡を設置した。
- 紀元前1世紀から1世紀から5世紀にかけて朝鮮半島南部に居住していた人々は韓と呼ばれ、馬韓・弁韓・辰韓の3つの地域に分かれていた(三韓)。やがて馬韓から百済、辰韓から新羅が成長する一方、半島北部から中国東北部(旧満州)にかけて高句麗が版図を拡張した。紀元後7世紀に新羅による統一で終わる鼎立期間は三国時代と呼ばれる。
歴史時代になって、中国から朝鮮半島へのルートは3つある。
- 渤海湾北岸沿いルート
- 山東半島北岸の蓬莱市あたりから廟島列島伝いに北の遼東半島に船で渡るルート
- 山東半島先端(威海市、栄成市)から東の朝鮮半島中央部に船で渡るルート
である。1.は従来から重視されているが、中国戦国時代末の斉、呉、越の滅亡に当たっては亡命者が 2.や 3.を利用したのではないかと思われる。更に、徐福一行(の一部?)が東シナ海を時計回りに航海した可能性もある。
古中国語と韓国語漢字音の音韻対応
以下で言う古中国語とは、中国語上古音と中古音を指す。上古音は周代~漢代、中古音は南北朝~隋・唐代~宋代における都周辺の中国語である。日本語での音読み・漢音は中古音の代表である隋唐音を反映し、呉音は南北朝時代の初期中古音を反映している。
魏、蜀、呉が鼎立した三国時代や司馬氏の晋時代の中国語がどうであったのかと疑問を持った方は鋭い。実は資料不足で不明なのである。私は、漢民族が激減し、異民族による支配が行われた華北で中古音が発生し、鮮卑族の影響を受けた隋・唐時代に華南にも広がったのではないかと推定している。
なお、現代中国標準語の発音記号である拼音(pinyin)は、国際音声記号とは異なる。音価は中国語の教材等でご確認ください。
- 古中国語語尾の「t/d」←→「l」
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 蔚(尉で代用)wèi ɪuəd ɪuəi ウル 蔚山(地名) 哲 zhé tɪat ţɪɛt チョル 金哲(人名) 悦 yuè diuət(*1) yiuɛt ヨル 尹錫悦(人名) 一 yī iet iĕt イル 辺真一(人名) 月 yuè ŋɪuăt ŋɪuʌt ウォル 月岳山(地名) 率(*2) shuài sïuət şïuĕt ソル 金漢率(人名) 日 rì niet niĕt(rɪĕt) イル 日本(地名) - *1 d の下に点のある発音記号。
- *2 3つある発音系統のひとつ「ソツ」。他の2つは「リツ」「サイ」系統。
- 古中国語の語頭の「l」←→「n」
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 盧 lú hlag (hlo) ノ 盧泰愚(人名) 洛 luò glak lak ナグ 李洛淵(人名) 論 lùn luən luən ノン 論山(地名) - 古中国語語頭の「l」←→「y」
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 麗 lí lār lei ヨ 麗水(地名) 龍 lóng lɪuŋ lɪoŋ ヨン 龍岡(地名) - 古中国語の「ŋ」←→「w」
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 原 yuán ŋɪuăn ŋɪuʌn ウォン 水原(地名) 元 yuán ŋɪuăn ŋɪuʌn ウォン 元山(地名) - 古中国語語頭の「l」が脱落
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 李 lĭ lɪəg lɪei イ 李明博(人名) 利 lì lɪed lɪi イ 利川(地名) - * 姓の「李」を「イ」と読むのは韓国式。北朝鮮では原音回帰運動が起きて元のように「リ」と読むようになった。
- 古中国語語頭の「n(r)」が脱落
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 日 rì niet niĕt(rɪĕt) イル 日本(地名) - 古中国語語頭の「ng」が脱落
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 牙yá ngăg ngă ア 牙山(地名) - 古中国語語尾の「m」が残存
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 林 lín lɪəm lɪəm リム 鶏林(新羅の異称) 咸 xián ɦəm ɦʌm ハム 咸興(地名) 南 nán nəm nəm(ndam) ナム 江南(地名) - 古中国語の重母音→中間音的な母音
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 在 zâi dzəg dzəi ジェ 文在寅(人名) 恵 huì ɦuēd(*1) ɦuei へ 朴槿恵(人名) 愛 ài əd əi エ 秋美愛(人名) 泰 ài tʻad(*2) tʻai テ 盧泰愚(人名) - *1 「ɦ(上鉤付きのH)」は有声声門摩擦音で、息漏れ声またはささやき声の短いもの。
- *2 「ʻ(逆向きのアポストロフィー)」は弱い気音。
- 古中国語語尾の重母音「ui」←→「u」
-
漢字/拼音 上古音 中古音 韓国音 用例 水 shuĭ thiuər(*1) ʃɪui ス 麗水 - *1 「ə」の上に三声の記号「ˇ」あり。
韓国語漢字音はこのような特徴をもっているが、残念なことにこれらの特徴がいつできたのかは不明。私は、中国戦国時代から斉、呉、越の遺民が朝鮮半島西岸に移住し、官人階級を形成した結果、吏読とともに発生したのではないかと想像しているが、はたして......。
韓国語の「頭音法則」
上記の対応関係に影響している音韻法則は、「頭音法則」と呼ばれるそうである。
- R の音は、語頭では消滅するか N になる。
- 外来語には適用されない。(例:Radio=ラディオ○、ナディオ×)
- 北朝鮮はこのルールを廃止して、古典音に回帰した。
- 「頭音法則」の例
-
- 利益(イイク)⇔ 営利(ヨンリ)
- 理髪(イバル)⇔ 地理(チリ)
- 羅州(ナジュ)⇔ 新羅(シルラ)
- 料理(ヨリ)⇔ 通行料(トンヘンリョ)
- 来日(ネイル)⇔ 未来(ミレ)
- 龍山(ヨンサン)⇔ 青龍(チョンリョン)
- 冷麺(ネンミョン)⇔ 寒冷(ハンレン)
なお、韓国語では「R」と「L」は意味上区別されないという法則もある。